初版:1972 年 2 月 新潮社
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住み込みのお手伝いとして働き、さまざまな家庭を転々とする少女・七瀬。七瀬が見た八つの家族の風景を描いた短編連作だ。七瀬三部作と呼ばれるシリーズの一作目でもある。
この小説が書かれたのは1970年から1971年にかけて。今から40年前と考えると、この作品の尋常じゃない斬新さが見えてくる。2010年の現代から見て、時代背景に多少の古臭さは感じても肝心要の「人間の本性」の描写は変わらない生々しさで迫ってくる。
登場する八つの家族はそれぞれになにかしらの火種を抱えている。が、危ういバランスで激しい発火を免れている点まで含めて、彼らは世界に溢れる平凡な家族、フィクションの登場人物にはなり得ないような人々に過ぎないのである。
それを、筒井康隆はたったひとつのトリックを用いることで、読者を引き込む強い引力を持つ小説に仕立ててみせた。
人間の心のひだの暗がりを容赦なく描ききる筆力と、決して洗練され過ぎない文体があいまって、妙に生々しいリアリティを助長する。コミカルさを絶えずたたえているのに、ひやりとするような残酷さもあわせ持つ描写で、日本中どこにでもあるような家庭の裏側を容赦なく白日のもとにさらけ出す。
主人公である七瀬は、常人とは異なる独特の思考を持っている。その彼女の視線を通して見ると、私たちの生きている世界に透明に満ちている悪意が見えてくる。
そして怖いもの、おぞましいものが持つ強い吸引力で、ページを繰る手が止まらなくなるのだ。