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『獣の奏者』(I 闘蛇編)(II 王獣編) 上橋 菜穂子
獣の奏者 II 王獣編獣の奏者 I 闘蛇編
初版:2006 年 11 月 講談社
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 リョザ神王国において、他国への防備に使われる獣・闘蛇。闘蛇衆の村に暮らすエリンは、筆頭闘蛇の世話をする母と共に穏やかな日々を送っていた。けれど、母の世話する<牙>が全滅する事故を境に、エリンは激動の運命に飲み込まれていく。

 これは人と獣の物語だ。リョザ神王国では建国の頃から人と獣は距離を取り、使役するもの・されるもの、恐れるもの・恐れられるものとして隔たれていた。それが、エリンという特異な出自と聡明さを持つひとりの少女によって、これまでにはないかたちで深く結びつけられてゆく。
 リョザ神王国の成り立ちや古の伝承、そして国内の内紛の火種が、物語を大きくうねらせる。そのなかで、国の根幹をなす獣と深く関わってしまったエリンは、様々な思惑に揺さぶられながら渦中へと立たされる。

 環境と恩師に恵まれ、自身の聡明さを際限なく育ててゆくエリンは、誰にも成し得なかったことを実現してしまう。引き返せない道をゆき、誰にも荷を分けずひとり孤独にすべてを引き受けるエリンの姿は、はたから見ていると悲愴さすら覚える。
 しかし、すべての事実を理解した上で覚悟を持って道を歩むエリン自身には、自分に対する哀れみはない。自身の願うかたちに沿うように、自分にできることを、ひとつひとつ見つけながら歩んでいく。

 私は上橋菜穂子さんの温かみのある文体が苦手で、特に序盤である「闘蛇編」に関しては、のめり込むように読むことはできなかった。しかしそれでも、闘蛇編最後から始まるエリンと王獣リランとの交歓の姿は深く心に焼きついた。
 本質的に人とは違う生き物、決して互いを根本から理解することは叶わない生き物。獣とはそういう、人間とは「深い淵」で隔てられた存在なのだ。獣へ思いをかけることは、決して報われることのない道をゆくことだ。
 けれど、だからこそ、たゆまず獣へ手を伸ばし続けるエリンの姿に、心が動かされる。『獣の奏者』は、リョザ神王国が激変を迎える物語であり、また同時に、エリンというひとりの女性が自身の獣に対する心を決める物語でもあるのだと思う。

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