初版:2009 年 8 月 講談社
>> Amazon.co.jp (III 探究編)(IV 完結編)
作者自身が言っている通り、『獣の奏者』は前作の〈闘蛇編〉〈王獣編〉で完結した物語だった。それが、この〈探求編〉〈完結編〉へと続いた。
完成された物語に、後付けで続編を書くことは難しい。作品には勢いと熱量が必要で、一度途切れたそれらを再び蘇らせることは至難の技だ。その上、前作の感動を壊されるのではないかという恐怖と猜疑心ために、よくできた作品の続編に対して読者の目は厳しくなる。上橋さんは、その難事をやってのけた。
〈闘蛇編〉〈王獣編〉では、エリンが美しい獣・王獣と心通わせ、人と獣の間にある深い溝に傷つきながらも、彼らと向かい合い生きていくことを決意した。国の政や駆け引きも存在するけれど、根幹にあるのはエリンの獣に対する葛藤にケリをつけるまでの道のりだった。
〈王獣編〉のエンディングから十一年の時が経ったところから〈探求編〉は始まる。エリンには子供が生まれ、夫と子と三人で穏やかな十一年を過ごしてきた。それが、闘蛇の〈牙〉の大量死が起こりその原因の究明を大公から命じられたことで、エリンは再び激動の渦中へとその身を進めてゆく。
子を持ったことでエリンの視野は広がり、自身とリランという個の幸せだけでなく、人と獣という種全体の未来と希望を想ってゆく。わが子を想い、半身として生きてきた王獣を想い、家族三人で穏やかに暮らす日を夢見るエリン。それは「自分たちが幸せであればそれでよい」というものではなく、自分たちのように柵に繋がれた人間がこの先も生まれないこと、獣が人に歪められることなく野にあるようにあれることを願った夢なのだ。
そして、その飽くなき探究心で、エリンは闘蛇と王獣にまつわるさらなる謎を解き明かす。その先にはかつて国ひとつを滅ぼした災いがあると知りながら、エリンは真実を人々に知らしめるために自分の身ひとつにすべてを背負って道を歩む。
この〈探求編〉〈完結編〉では、〈闘蛇編〉〈王獣編〉で自分の獣に対する姿勢を定めたエリンが、今度は人と獣の関係そのものを導いてゆく。『獣の奏者』はつらく、悲しく、しかしエリンの示してくれた希望をしっかりと受け止めさせてくれる、未来を向いた物語だ。