初版:2010 年 9 月 講談社
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エリンとイアルの馴れ初めとジェシの誕生を綴った表題作「刹那」、エサルが学生時代に身を投じた激しい恋と生涯の転機を描いた「秘め事」。ふたつの中編と、さらにエリンが我が子を慈しむ日々の掌編を収めた、『獣の奏者』外伝。
三作品はそれぞれイアル、エサル、エリンの一人称で書かれ、本編では覗かせることのなかったそれぞれの心のうちがまざまざと語られる。
「刹那」については、エリンの性格のしなやかな強さに改めて感服し、出産場面の息の詰まる感動にじんわりと涙が浮かんだ。
『獣の奏者』のテーマは人と獣であり、さらに言えば世界をくまなく覆う生の有り様そのものでもある。その『獣の奏者』が「出産」を正面から描くとこうなるのか、と思った。文章とは思えない生々しさで、生の産まれる瞬間を感じさせてもらった。
そして、「秘め事」。本編において、私にとってエサルは特別なキャラクターではなかった。エリンのよき師であり理解者であり、エリンが自分の道を進み物語が動くための支えのひとつのような存在と思っていた。だから、若き日のエサルにこれほど深く自分が共感を覚えたことが不思議だった。
エサルが深く胸に秘めてきた恋や、その相手に対して抱いた想い、そしてそれを失った痛手に我を忘れて走り続ける様。そのすべてが私のよく知ったもので、上橋さんの描写にいちいち胸を突かれ、頷きながら読んでいた。悲しみと、それを紛らすための没頭を行き来する日々には私も覚えがある。
その状態から、失った恋を胸にしっかりと自分の足で立ち上がったエサルには、女性としてというよりも人間としての強さがある。エリンを導きいついかなる時も味方であり続けたエサルの強靭さの由来を見た気がした。