メモ
2014.02.23
 クラフト・エヴィング商會さんの “棚卸し” 的展覧会「星を賣る店 クラフト・エヴィング商會のおかしな展覧会」(公式サイト)へ行ってきました。
 なかなかの倍率だったという小川洋子×クラフト・エヴィング商會のトークショーにありがたいことに当選し、初めてお会いする最も好きな現代作家である小川洋子さんにどきどきしながら、いそいそと出かけてゆきました。

 小川洋子さんと吉田夫妻のトークショーの中心テーマは「偶然」。
 偶然の出会いから起こるインスピレーション、そのインスピレーションのためにいつでもポケットに「気になる言葉」を入れておくということ、子供の頃に感じていた「本を読むわくわく」をいま自分は読者に提供しているだろうか? という吉田篤弘さんの疑問。

 「ないもの、あります」として、さまざまな品々(としか言いようがない幅広いものたち)を生み出しているクラフト・エヴィング商會さんを、私は、装幀も手がけるとはいえ「本」よりも「物」寄りのユニットなのだと思ってきました。
 しかし今日のトークショーを聴いていると「本」と「読書」に対する愛があふれていて、「ああ勘違いしていたな」と思いました。吉田篤弘さんにとって本と読書はかけがえのないもので、その思いが源泉になってあれだけの物々を生み出しているのだなと。

 トークショーの中心にあった「偶然」という言葉は聞けば聞くほどに印象深く、一時間半のトークショーが終わった時には、抽選に当たってあの場にいることのできた「偶然」への感謝の気持ちでいっぱいでした。
 偶然、たまたま、巡り合わせ。
 そういうもので人生は満ちているし、そういうものに支えられ助けられて世界は生きているのだなと、大げさな気持ちではなくただ素直に思いました。

 小川洋子さんとクラフト・エヴィング商會のコラボで生まれた『注文の多い注文書』の裏話や、偶然の積み重ねで出来上がったという今回の展示の話をたくさん聴けて、お三方の創作の流れや方法論なども拝聴し、会場ごと笑いに満ちることも数回、とてもなごやかで楽しいトークショーでした。
2014.01.26
 『パリ、ただよう花』を観た。
 教師という職を持ち、恋人を追ってパリへ渡った中国人の花(ホア)。しかしパリについた早々こっぴどく恋人にふられ、路上で会った行きずりの男とセックスし、そのままその男と恋人同士となる。ホアは大学に通うインテリで、出会った男・マチューはマルシェの組み立て・解体を行う肉体労働者。
 生活レベルの違いというのは、人間関係において、残念ながら決定的だ。何もかも対極のふたりは、しかし体でだけつながり合う。

 ホアが愛を求めているようには見えなかった。ただ、自分の内部に常に巣食うむなしさ、居所のなさ、救いのなさを消し去る方法を探し、世間の皆が口をそろえて「愛があれば幸せだ」と言うから、自分が求めているのもまた愛なのだと思い込んでいる。そう見える。
 しかしホアは人と距離を縮める方法を知らないのだ。だから愛を求めようとすると、体をつなげる方法しかわからない。マチューは嫉妬深く独占欲の塊で、ホアの愛を確かめようとさんざんな手を尽くす呆れた男だけれど、しかしそれでも、マチューはホアの彷徨の犠牲者でしかない。

 ホアとマチューの始まりがレイプに見えるとしたら、その人はたぶんとてもまっとうな生き方をしているのだろうと思う。あの場面で、一番戸惑っているのはマチューだ。それはホアに原因がある。ホアは傷ついているが、それは決してマチューの行為にではなく、恋人にふられたその日に他の男に体を埋めさせている自分自身についてなのだ。

 と、書き綴ってみたけれど、これはたぶん映画の感想にはなっていなくて、私がホアに自分自身を投影した結果だと思う。
 この映画にはモノローグがない。いくらでも叙情的にもメロドラマ風にも書けるだろう題材でありながら、そういう要素は一切排除されている。ホアの内面は見えない。だから私は、ホアに自分自身を強く投影してしまう。これは共感でも感情移入でも決してない。ただホアの行動が私に似ているから、かえってその内面を見通すことができず、ホアの存在はガラスではなく鏡となって、私の内面をあまりにくっきりと映し出す結果になってしまう。
 それほどまでに、この映画にホアの真意は見えない。(ホアに行動の似ている私には特に、ということになってしまうので、他の方が観た時の感じはわからないけれど)

 ホアが常に自身に内包するより処のなさ。どこにいても「ここではないどこか」「この人ではない誰か」を求め続ける性根。人は愛されることでは満たされない。たったひとつのこの事実が、ホアの彷徨を救わない。
2014.01.19
 昨日仕事帰りにコミックを4冊買った。最近コミックからはとんと離れているのでこういう買い方は久しぶり。買ったのは手に取った順に
『ビューティフルピープル・パーフェクトワールド 2』(坂井恵理)、
『にえるち』(のばらあいこ)、
『ヨマイヤマイヤのこどもたち』(釣巻和)、
『余命¥20,000,000-』(草野佑)。

 読んだ順にちょこっとずつ話す。




 『ヨマイヤマイヤのこどもたち』は全寮制中高一貫男子校が舞台で、恩田陸さんの『ネバーランド』とか入江亜季さんの『群青学舎』とか思い出した。『ネバーランド』よりファンタジックで『群青学舎』ほどコミカルさはなくて、静かな静かな雰囲気。
 作者さんが『くおんの森』と同一だと読了後に気づいた。『くおんの森』は店頭で試し読みして好きにならなかったのだけど(私は好きなものにはこだわりが強すぎて好きなものをモチーフにした作品や雑貨はめったに好きにならない)(『くおんの森』は本や図書館がメインテーマ)、『ヨマイヤマイヤのこどもたち』はよかった。
 心情描写があんまり踏み込まない感じでそこが物足らなくもあり、登場人物たちの気持ちを読み解きたいという気持ちにさせもする。




 『にえるち』は正妻の娘と浮気相手の息子、2ヶ月差で生まれた異母兄妹の恋。彼らの子供の頃から大人になってからまで、長い時間が流れる。
 主人公の女の子が兄を好き過ぎて無意識に友人も同僚もどうでもいいと感じてて(無意識なので『思ってて』ですらない、無意識にぞんざいにしてるだけ)、この一線なんてもう遠く後ろに見えないくらいまでずんと踏み込んじゃってる感じが好き。今回買った4冊では一番好き。




 『余命¥20,000,000-』は書店で平積みされてるのが最近何度も視界に入って、気になりつつ買わずにいたのを勢いに乗って手にとってみた。
 ゆるやかに死んで行きたい女性とパワハラで会社をやめちゃった青年。
 絵がゆるーい感じで好みでなく、ストーリーもさほどでもなく、続巻が出たら買うかというと多分買わないし「さすが何度も見送ったコミックだなあ」という感じだったのだけど、ところどころすとんと胸に落ちてくるせりふがあったりなどして、ハマる人にはハマるのだろうなと思う。




 『ビューティフルピープル・パーフェクトワールド』は1巻を2年近く前に買って、2巻も買おう買おうと思いつつ先延ばしにしていた。こういうのをすぐさま買わないあたり本当に私のコミックの買い方読み方は変わったと思う。1巻は何度も読み返した。
 21世紀なかば、美容整形が当たり前になった世界で、隅々までメンテナンスを欠かさず美しい人々や、美容整形をあえてしない人や、もろもろの人間を描く。
 1巻が短篇連作形式でありつつ1冊のコミックとして完成されてたので、2巻にはさほど期待するでもなく、ゆったりまたこの世界の人々の物語を読んだ。1巻の方が好きといえば好きだけど、2巻は1巻ほど「きれいに話を落とそう」という感じがせず、「落ち着いたなあ」という感じ。
 「心の穴は体じゃ埋まらない」なんて言いますが、じゃあ「心の穴」なんて大層なもの、埋めてくれる何かや埋める方法なんて果たしてあるんですかね? ないんじゃないすかね? 穴なんて、一生埋まらないままどうにか誤魔化したり目をそらしたりしてるんじゃないですかね? と、このコミックを読んでいると思う。
2013.11.19
 二ヶ所、涙がにじんできたシーンがあった。冒頭、監督と主演をつとめたグザヴィエ・ドランが語るモノローグと、彼の母が作品中盤で彼に宛ててひとりぽつりとつぶやいたせりふ。
 前者は、本当に映画の幕開けを告げる第一声なので、ためらいながらもここに引用してしまう。記憶が頼りの不正確な引用になる。

母を愛している。
会話もできる。
でも、彼女の息子であることはできない。

 この言葉に、抑制をかける間もなく同調してしまって、あっと思う間もなく涙が湧いた。
 この言葉の意味がわかる人は、この映画を観に行った方がよいと思う。
2013.11.09
 町田・相模原イーストメリーウインドオーケストラ、略してイスメリの第9回定期演奏会に行って来た。場所は町田市民ホール、17時開場、17時半開演。イスメリの演奏会は今年3月に開催された第8回定期演奏会に続いて二度目。
 開演に5分遅れて会場に到着して入るのがとても心苦しかったのだけど、受付の方、ホール入口で案内してくださった方、皆様笑顔で迎えてくださって、安心して入ることができた。こういうちょっとしたところでも温かさを感じるのがイスメリらしい。(と、たった2回目なのに思っちゃうくらいイスメリの演奏会は和やかで賑やかで楽しい)
 第一部の一曲目「ハンティンドン・セレブレーション」が終わるまで最後列の後ろに立ち、曲間に席を見つけて着席。
 第一部の三曲目「ダンソン No.2」がメキシコの作曲者A. マルケスによるもので、これがすごく格好良かった。ラテンの音楽は無条件に胸が熱くなる。
 休憩を挟んでの第二部では「イスメリ×映画音楽」として、メジャー映画の音楽集。レ・ミゼラブルの「民衆の歌」でまさかの歌が入り、映画のシーンを思い出してじわっと涙が出てきた。これほどの名曲はやっぱりないなあ、と思う。
 最後の第三部ではアルフレッド・リードの第5交響曲「さくら」。この作曲者は親日家であったそうで、第2楽章ではあの「さくらさくら」がモチーフになっていて、これがまた壮大でかっこよかった。
 アンコールにさらに2曲、アンコールに入ると団員の皆様も安心してるのかリラックスした雰囲気で、客席から手拍子も入って盛り上がる、盛り上がる。「ルパン三世のテーマ」で〆に。

 アンケートを出して会場を出た後、町田駅に戻る途中でErbettaというイタリア食堂を発見。食べログを見たら評判が良さそうだったので、入ってみた。
 夜のパスタセットで、白のハウスワイン、前菜盛り合わせ、いいだこのペペロンチーノを頼む。
 ワインは舌に若干ぴりっとくる、けれど飲みやすいワインで、油気のあるペペロンチーノにとても合った。前菜はキッシュやラタトゥイユ等。こちらはごく普通の味かなあという感じだったのだけど、ペペロンチーノはとても美味だった。
 デザートのアーモンドクルミタルトがとても気になったのだけど、「もう満腹だしなあ……」ということで、諦め。ホールの方の接客がとても感じがよくて、居心地のいいお店だった。