メモ
2013.02.16
 映画としては駄作と言うしかないのだろうな、と悲しく思う。

 この『ライフ・オブ・パイ』はかの『アバター』を超える映像体験を観客に提供するといった旨のあおりがつけられている。『ライフ・オブ・パイ』は『マトリックス』や『ウォンテッド』に連なる映像体験映画として作られたのだ。
 映画を一本撮るには映像、ストーリー、俳優、どこに重きを置くかという観点が必ずあると思うのだけど、『ライフ・オブ・パイ』は間違いなく映像に主眼を置いている。

 が、この映画の背景にうっすらと感じられる原作の気配は、この映画のあり方がどうしようもなく方向性を間違えたということを、映像を主眼に撮ってはいけなかったということを感じさせる。
 映像に重きを置いたがために観客は映像の凝り方を受け止めるだけで手一杯になってしまうけれど、その分ストーリーを追うことは片手間になってしまうけれど、この物語は片手間の授受で済むようなものではなかった。映画が物語を間違えたと言うしかないだろう。

 物語の向いている方角と映画の撮り方が向いている方角が違っている。それがお互いを食いつぶし合って、観終わった時にはどちらも受け取りきれないまま、スクリーンはあっけなく暗転する。観客はどっちつかずのまま映画から放り出される。
 いずれ原作を読まなければ、と思う。映画が描き方を間違えて正しく受け止められなかった物語を、正しい形で受け取りにいかなければいけない。
2013.02.06
 新しい形のアニマルファンタジー。上質のファンタジーはつねに示唆を示すものである。
2013.02.05
 主人公トシオ・マナハン、フィリピン人と日本人の混血である彼は、名前を漢字で書いたら利夫とでもなるんじゃないだろうか。言うべきこと、言わないでおく方が得策なことをこんなにもきちんと考えている子供。
2013.02.03
 性の物語には基本的に惹かれない。私はもう自分の性を見つけてしまっていて、性は生身の体の間でしか価値を持たないと感じているからだろうと思う。活字になった性は、この一冊が成し得たくらいに素晴らしく綿密に正しく精確にニュートラルに描写されてさえ、あっけなくも意味を失ってしまう。

 だから、三本の短篇のうち「ジェシーの背骨」が一番心に沁みた。「ベッドタイムアイズ」と「指の戯れ」は性こそが中心に据えられ女と男が互いに自分の性に翻弄される話だけれど、「ジェシーの背骨」はそこに 11 歳の少年が介在する。初めてセックス以外でつながる女と男(ココと、彼女が愛した男の息子ジェシー)が登場し、体液の臭いから開放された関係性が描かれる。情欲以外の意味を持つ体温が描写され、ようやくそっと息をついた。
 技巧的とすら言える間違いのない視線で性を描ききった前二篇は驚嘆にすら値したけれど、「ジェシーの背骨」には読者の心をほんのりと温め安堵させるものがあると思う。

 「ベッドタイムアイズ」と「指の戯れ」で登場するふたりの女は、私に似ているようでまったく異なる。むしろ私は、11 歳の少年であるジェシーにもっとも心性が近いんだろう。
2013.02.01
 上中下巻の三冊を、おのおの三日間ずつで読破した。最近めっきり読書にかける時間の減った私にしては異例の集中力で、淡々と読みふけっていた。三巻とも厚みのある文庫だけど文字のサイズが大きく組み方にも余裕があるので、古めの文庫と同じ組み方にすればさほどの厚さでもないだろうと思う。それでも、このスピードで読み上げたことは近頃の私の読書から考えると非常に珍しい。

 内容に深く言及すると未読の方に申し訳ないので具体的なストーリーについては何も言わないけれど、読後に残った感想としては、特に面白くなかった、と言うしかない。作品が悪いのではなくて、今の私が本に求めているものと正反対の方向の面白さを提供する作品だからだ。
 直近で読んだ本のなかでその素晴らしさを心から讃えたいのはサン=テグジュペリの『夜間飛行』だ。詩文のように美しい文章で綴られる一人の人間の圧倒的な存在。躊躇しながらも一瞬たりと歩みを止めない人間の無謀ながら強い姿に深く打たれる。
 対して、『新世界より』はライトノベル的なキャラクターたちが世界を動かす物語である。微視的な視点に惹かれるのは私の昔から習性だけれど、風呂敷の広さゆえに細かな描写や登場人物たちの心情の流れが大雑把になっている『新世界より』に私の好みがハマることはなかった。

 ハマりこむきっかけを作ってもらえなかった一番の大きなきっかけは、科学的な描写について反駁が思いついてしまったことが大きいだろうと思う。非現実を描く時には、現実世界では 100 %ありえないことでいい、だがその世界なりの法則が確固として存在し、かつそれが守られていなければならない。能力のインフレ、小学生でも思い描けそうな「何でもあり」の舞台設定に、カタルシスを覚えることは難しい。
 『新世界より』がそういった単純な物語であるというのではない。しかしたったひとつの瑕疵はすべてを台無しにしうる。それが非現実世界を舞台にするということだ。
 そのルールが守られなかった時点で、その物語世界に入り込んでいくことは果てしなく難しくなる。どれだけ感情が楽しいと訴えても、理屈の反論を抑えこむことはできない。

 十代の頃に読んでいれば、きちんと面白かっただろうなと思う。