メモ
2006.10.12
 昨日このメモを書かなかったおかげで、今日は書くことが山ほどあります。

 一昨日、「ふたつのスピカ」をちょこっと読んできました。一昨日のメモに書こうと思ったのですが、(長くなるし明日書こう…)と先延ばし、昨日メモをかく余力がなく、今日になってしまいました。まだ2巻の途中までなのですが、古本で買ってしまおうかなぁ…と考え中です。宇宙って、無もあって、全であって、だからいろんな人が焦がれるんでしょうか。

 そして、昨日読んだ「キノの旅」。いまさら深く感想を言う気はないのですが、「チョコレート・アンダーグラウンド」が読みかけだったにも関わらず、昨日の夕方に買って一気に読破してしまいました。この魅力が「キノの旅」だと思います。もう以前のようにどっぷりとライトノベルにひたるのは無いことですし、できないことですが、やっぱり面白いものは面白い、とも思うのです。
 …作り話って、面倒ですよね。

 今日読了した「チョコレート・アンダーグラウンド」。翻訳者の金原さんも訳者あとがきで言っていますが、「青空のむこう」とも「13ヵ月と13週と13日と満月の夜」とも雰囲気が違います。こういう本は、テーマがどうの、作者の意図はどうの、と分析するより、楽しんだもの勝ち、な気がします。どこまで行っても、小説は面白くってなんぼ、だと思っています。小難しいことは後回しでいいし、重厚なメッセージなんてなくたって構わないと思うのです。
 惜しむらくは、「32 謝辞とあとがき」を本物の著者あとがきだと思って、本文の余韻を味わってから読もうと「31 チョコレート、そして自由」を読んだ時点で一旦本を閉じてしまったこと。ラストは一気に、が私にとってのいい読書です。なんとも中途半端なことをしてしまいました。
 最後まで読み終えたところで、映画化しないかな、という思いがむくむく。映像になったところを思い浮かべた小説は、久しぶりです。
 …ところで、このお話、あえて主人公を挙げるならスマッジャー、ですよね? どうして、登場人物紹介で、ハントリーが先に出てくるんでしょう? スマッジャー…ですよね?

 次に読むのは「スノードーム」です。これ、本当に気になっていたんです。装丁もタイトルもとっても素敵で、だからこそ、あらすじなどは一切読んでいません。好きなものは最後に食べるたちです。

 そして、本当はさらに「クマとインテリ」の感想も書きたい…のですが、いい加減、長くなり過ぎた気がします。(たぶん)明日にでも。

 だらだらと、取り留めなく書いてみました。
2006.10.10
 昨日、「13ヵ月と13週と13日と満月の夜」を読み終えました。土、日、月とバイト詰めだったため、疲れて昨日のうちにはメモを書けなかったのですが…。
 深いなぁ、と思いつつ、深いと感じられるような年齢になってから読んでいることが少し寂しくもあります。こういう本って、子供のころに「面白い!」って感じながら読んで、数年ごとに読み返し、感じ方が変わってゆく…というのが、一番な気がします。
 この物語は、カーリーとメレディスはかわいそう、私はこんなことにならなくてよかったわ、では終われない。彼女たちは唐突に理不尽に、おばあちゃんになってしまったけれど、そこには、今は若いひとたちもみんな行くのだから。時間をかけて、そして確実に。彼女たちが経験した体と世界は、ファンタジーではなくリアルなのだ。
 著者あとがきでシアラーさんが語った、この物語が生まれたきっかけ。この物語のテーマは、そこに凝縮されていると思います。
 …なんて、いろいろと書いてはみますが、結局のところ、面白いのでおすすめです! の一言で充分なんですよね。

 さて、「レインツリーの国」、おすすめありがとうございます。「図書館戦争」を書いた作者さまなんですね! 「図書館戦争」は書店でみかけて気になっていたのですが(本好きならおそらくほとんどの方が気になっちゃうタイトルじゃないですか、これ?)、「レインツリーの国」というのは知りませんでした。「図書館内乱」の中に出てくる小説、なんですね。…もしかしたら、「図書館戦争」と「図書館内乱」を読んでから、「レインツリーの国」を読んでしまうかもしれません。きっと「レインツリーの国」だけ読んでも面白いのだと思うのですが、背景というか、作品が生まれた場所を見てみたいというか…!
 そして、そのさらに前に「チョコレート・アンダーグラウンド」と「スノードーム」を読ませていただこうと思います。9月13日のメモ で言っていたシアラーのサイン本プレゼント企画、10月末日が締め切りなのです…。きちんと4冊とも読み終えてから応募したいので、「レインツリーの国」、実際に読み出すのはちょっと先になってしまいそうです。その分、期待をふくらませていようと思います。
(ついでに言うと、「塩の街」とか「空の中」とかも知ってました。こう考えると、知ってはいても読んでいない本って大量にあるんですね…。)

 以下、私信
 玲さんっ、メールありがとうございます! ここのところゆっくりお話する余裕がなく、メールしたいよー、したいよーと思いながら、うんうんうなってました(笑) 近いうち、長々としたメールが行くと思います。感想も書きますよー! 取り急ぎ、こちらでお返事失礼します。
2006.10.06
 昨日から「青空のむこう」を読んでいました。重苦しくないのに軽々しいわけではなく、生きることと死ぬことが書いてある本です。小学生とか、中学生が読んだら、きっともっと感じられるところがあるんじゃないかなぁ。一番は、やっぱり主人公のハリーと同じ9歳の子かな。
 シアラーはいいなぁ、と思います。あたたかいとかじゃなくて、切ないとかじゃなくて。きっと、私はこの人に見えている世界が好きなんだと思います。

 さて、本屋をふらふらしていたら、「ほしのこえ」を見つけてしまいました。これ、 コミックス版を持ってるんです。作画したのが、お気に入りの漫画家の夢花李さんの別PN、佐原ミズさんで(買ったときには佐原ミズ=夢花李とは知らなかったんですが)、ストーリーも、もちろん絵も、大好きなんです。
 きっと、近いうちにこの小説版も買ってしまうと思います。装丁がきれい!
(ちなみに、本屋をふらふらしてたお目当ては「クマとインテリ」です。こちらは、オノ・ナツメさんの別PN、bassoさん。好きな漫画家さまについては、内容の見境ないです、私。)

 おすすめいただいてる「ふたつのスピカ」、火曜日に時間ができるので、漫画喫茶で読んでこようと思います。

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 唐突に思いついたので、書き足し。
 誕生日に、本を贈れる人になりたいと思いました。私がすすめる本を、面白い、と言ってくれる友人がいるんです。「初花って、その人に合った本をすすめてくれるよね」、って。そんな風に言ってもらえるのは、なんとも嬉しいもので。
 小説に限らず、コミックでも、写真集でも、エッセイでも、新書でも。どんな人にも、これ! って本を見つけられるようになってみたいです。この上ない贅沢な夢ですね。叶えてみたいものです。
2006.10.05
 昨日の夜、「住宅顕信句集 未完成」を読みました。おすすめ頂けたこと、ほんとうに感謝します。
 中学から高校の初めころまで、ポストカードを集めるのが趣味でした。今考えると、ポストカードが好きだったわけではなく、写真が好きだったのだと思います。当時集めたポストカードは百数十枚あって、それは今も手元に残っているのですが、その中に、特別好きな一枚があります。
 山奥の湯治場のような木製の湯船と裸電球、そして、

 今日も一日 風をあるいてきた  山頭火

 の文字。私が種田山頭火という俳人の句を始めて読んだのが、このポストカードです。それ以来、私にとって、自由律俳句というのは特殊な思い入れのある表現媒体になりました。今も、自分が言葉をつむぐときの根源のところにはこの山頭火の句があると思うし、いつかはこの世界に生きてみたいという思いもあります。
 住宅顕信という人がこんな句を書けたのは、そりゃあ、この境遇だったからという面はあるでしょう。例えば彼が、八十まで健康に生きたら、まったく違うものを書いていただろうと思います。けれど、それは、読み手には関わりのないことだと思うのです。書き手の生い立ちやら、背景やらでなく、ただ作品を見つめるのが、創作にかかわる以上の礼儀であり、そうでなければ創作の意味がない。それが生まれたのが、うららかな太陽のもとでも、寒々とした夜の底でも、言葉の価値に違いは生じないと思います。
2006.10.04
 否定とはまったく次元のちがう話ですが、私が好きな夏目漱石は「門」であって、「吾輩は猫である」はまた別物だという感覚がありました。「吾輩は猫である」を読んでいる間中、ずっとありました。軽妙な語り口に、そう感じていたんです。けど、違ったようです。最後に、ズドン、と来ました。
 夏目漱石が描くのは、生きている人にほかならない。心の底を叩くとする悲しい音を、これが人だと、これだから人だと、そう言っている。
 どうしたところで抜け出せないしがらみに囚われている間を、生と呼ぶんでしょう。